速男絵の募集で、私の中の何かが、目覚めた気がします。
それまで絵に対する姿勢が、なんとなくぼんやりだったのが、輪郭がはっきりしてきたというか
どうやったら効率よく画面を作れるかとか、手順はどうしたらいいか、どんなイメージを再現するかってことを考えながら、ものを作ることを理解できたというか
そうして「コンセプトに沿ってものを作っていく」中で、プロの人はこうやってものを作るのかな、という事がおぼろげにだけどわかってきて
実際、絵を描いている途中経過や、作品をうpしたときは、美大生の人とか手塚治虫の大ファンだという方たちからの、足跡がついていたわけで
そうした人たちのページを踏み返して、ああ、専門学校通ってた頃はこんな感じだったなぁ、と思いながら、お邪魔した先に上げられていた素敵な作品を眺めていたのですけれど、
そういう風にモノづくりに携わってる人たちが興味を持ってくださったってことは、
私も頑張ればいけるんじゃないかな?
と、思えるようになったわけです。
本当に美術を専攻している人は、よほど好きな人でない限りは、漫画を落書きの延長とみなし、ゴミカスのように批判します。
わたしはそれが、ずっと許せなかった。
専学時代によく言われたことは「ラクガキは排泄と同じだから絶対にするな」(漫画=ラクガキ)
誰かが描いたドラゴンボールの絵を見て「将来こんな絵描いちゃ絶対駄目だよ」
ホントにゴミだと思うんなら、別に批判する価値もないでしょう。
じゃあ何であなたたちは、世界中で読まれて愛されている鳥山明を批判しながら、
専門的なことを知らない大衆の心にも響くような作品ひとつ作れないの?
たいそう難しい御託を並べて作品作りに没頭してるように見えても、普通の人から見たら自己完結と、あまり変わらないんだよ。
「美術は、わからないからこそ面白い」というのは、間違ってると思う。
私は、子供のお絵描きの延長でもかまわないんだって思ってる。
だって、どんな大家が描いた大作よりも、子供が描く絵のほうが、一番面白いんだから。
いまは、そういう風に批判するのは、彼らが漫画文化が理解されて広く受け入れられていることに対する、嫉妬の裏返しなんだな、ということがわかりましたけど。
ま、畑が違うってことも知らずに、ファインアートの専学行った私も悪かったんだけどな。
話が逸れたけど、とにかく何かできないかな、と思って、発表するつもりや機会がなくても、お絵かきを続けてみようかなって思ってます。
これも、そんな絵のひとつ。
クラッシュマンて、ショタ顔だよねww(腐ってやがる!←ラピュタ)
何と無くこういう構図が似合うかな、と思ってちょっと描いてみたのですが、コンセプトがあいまいだから、いまいち気分が乗らない(苦笑)。
ちなみに、メットールとピピが離れてるのは、別データに分けて色塗って、あとから位置を合わせるためです。
画像編集ソフトでのお絵描きにも、慣れていかないといけないしね。
実はちょっと頭身がおかしいんだけど。
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